夏休みスペシャル。
ウォルト・ディズニーの知られざる仕事についてです。
人に歴史あり、という事でしょうか。
ウォルト・ディズニーの知られざる仕事
ご紹介していきます。
その1:性教育映画
驚く無かれ、性教育モノだったわけであります。
証拠の映像がこれ。
これが公開されたのは1946年(昭和21年)第2次世界大戦が終わってからの話になります。
ハイスクールの授業用に配布されたそうです。
赤ちゃんが怖いですね・・・。
その2:戦時中のプロパガンダ映画
これはわりと知られた話ですが、よくよく考えてみるとドナルドは水兵さん。
水兵さんって兵隊さんですからね。
とても複雑でかつ穏当ではない時代に生まれ、そして成長していったのがドナルドだったんでしょうね。
世が世なら、ってことなんでしょう、とても不思議な映像です。
そして、違和感も少し覚えますね。今は平和な時代だからなのでしょうか。
なぜウォルト・ディズニーはこれらの仕事を受けたのか?
結論から言うと、「経済的な事由によるもの」だったそうです。
彼は第2次世界対戦の時代、よくプロパガンダ映画を制作していたそうです。
ナチス・ドイツや日本を意識した作品も出ております。
また、戦後は反共産主義の思想を貫いていたと言われております。
反共産主義に関する記述はWikipediaに詳しく掲載されております。
第二次世界大戦後、生前のセルゲイ・エイゼンシュテイン(「戦艦ポチョムキン」を監督したロシア人映画監督で)と親友だったことなどから、当時吹き荒れていたジョセフ・マッカーシーの「マッカーシズム(赤狩り)」の嵐に巻き込まれる。
彼は公聴会に出頭し、「(冷戦前の)ソ連に『三匹の子ぶた』(1933年)を売ったことがある。非常に好評だった」と証言している。
最終的には無実とされた。
この様な形で赤狩りにこそ巻き込まれたが、戦時中や冷戦中、自らが版権を持つキャラクターを軍や政府に無償で提供したり、自社の労働組合と激しく対立していた事から、当人はむしろ熱烈な愛国主義者、反共主義者と考えられている。
この様な指摘に対して、ジャーナリストのニール・ゲイブラーは「ウォルト自身はノンポリで、政治に関しては特別関心を持たなかった」と指摘しているが、『闇の王子ディズニー』を著したマーク・エリオットは、「赤狩りの時代に、ウォルトはハリウッド内の映画人達の思想についてFBIへの熱心な密告者であった」と指摘している他、ディズニーランドのモノレールの開通時に、アナハイムの近隣のヨーバリンダ出身で、赤狩り時代にマッカーシーに近い反共主義者で知られた共和党選出のリチャード・ニクソン元副大統領(後に大統領)を招待している。
なお、7年に及ぶ調査とディズニー社の事前チェック無しに出版されたゲイブラーの執筆による伝記、「Walt Disney」(邦題:創造の狂気」)の中では、大戦中のプロパガンダへの協力姿勢は、当時、労働組合との争いや大戦による海外市場の縮小により、経営が圧迫されていたスタジオの生き残りのための方策の一環であったこと、彼にとっても政府への協力には意義を見出していなかったことが記述されている。
同時に、戦後の赤狩り時代、彼の反共的な姿勢は、労働組合によりスタジオが壊滅的打撃を受けたことにたいする嫌悪感であったことを指摘している。
ともあれ、ウォルトは最晩年の1964年には、右派の共和党員として、大統領選に出馬したタカ派のバリー・ゴールドウォーターを熱心に支持していた。
上記の記述のような状況だったようです。
戦時中のプロパガンダ映画などは経済的な事情はあったにせよですが、個人的には結構な愛国主義者だったんではないか、と感じます。
「The Disneyland Story presenting Great Moments with Mr. Lincoln」を観て、ウォルト・ディズニー自身がアメリカという国に生まれ育ってきた強い自負心をまざまざと感じた次第です。
反共産主義=労働組合とか労働争議ってのはもう今の時代ではまるで持って通用しない「枠組み」ではありますが、階級間闘争がそのまま資本主義vs共産主義、東西冷戦が投影された格好になっているのは、その当時の時代背景としては避けられようもないことだったのかもしれませんね。
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この書籍はウォルト・ディズニーの知られざる側面を描いた力作であります。
狂気の人といえば、スティーブ・ジョブズも思い出されるんですが、ウォルト・ディズニーもまた大変な狂気の人だったことでしょう。
アメリカには時代を作る凄い人材が沢山出てくるものですね。